Oct 09, 2010
両親と国内旅行に行きたいと思います始める
私も両親も、お互い仕事を持っているせいか、ここ10年以上正常に家族国内旅行はしていない。最近では旅行といえば、自分の中では完全に一人旅が定着してしまったのも行かない理由に拍車をかけていると思うが、もし親が日本人の平均寿命まで生きるができますように、後何回、国内旅行に行くのかと最近思うようにされた。それだけ私も両親も年齢が取ったということだ。卒業旅行先で、特に女性に人気の野菜の場所は、花の都パリです。旅行会社は、卒業旅行でパリを満喫できる旅行プランを用意しています。卒業旅行で行くパリ7日間の予定が人気です。パリの美術館を巡ったり、ショッピングをジュルギゴたりと、思い思いの時間を過ごすことができます。また、オプショナルツアーで、他の都市に行くことができます。
◆第93回全国高校野球選手権大会第2日 ▽1回戦 静岡1─6習志野(7日・甲子園) 習志野(千葉)は静岡との古豪対決を制し、観戦に訪れたOBで75年優勝投手のヤクルト・小川淳司監督(53)に、10年ぶりの夏校歌をプレゼントした。
たった一つのプレーで球場の空気を一変させた。習志野は7回に1点を勝ち越し、なお2死満塁のチャンス。初球がファウルとなると、三塁走者の宮内和也が動いた。静岡の左腕・原崎匠人がモーションを起こすと同時にスタート。外角低めに外れたボールを捕球した捕手のタッチより先に、頭からホームに滑り込んだ。ざわめくスタンド。大観衆の度肝を抜く本盗で流れを一気にたぐり寄せた。
「フォームが大きかったし、こっちも見てなかったので思い切って行きました。ホームスチール? 初めてです。チャンスがあれば、どこかで流れを引き寄せようと狙ってたんです」。追加点が奪えずに失策で同点とされるという重苦しいムードを吹き飛ばすと、8回には2死満塁から右中間にダメ押しの三塁打。野球センス抜群の主将は誇らしげにまくしたてた。
偉大なOBに白星を贈った。この日は、75年夏の甲子園優勝投手でもあるヤクルト・小川監督が生観戦に訪れていた。小林徹監督(48)が「小川さんは先のことを考えて選手に指示している。お前たちも先を見て行動できないといけない」とミーティングで話すなど、セ・リーグ首位を走る指揮官の影響力は絶大。3番を打つ藤井拓也は「小川さんが来てたんですか? 全然知らなかったけど、勝てて良かったです」と喜んだ。
67年夏、75年夏と2度の全国制覇を成し遂げた伝統校だが、夏の出場は10年ぶり。それでも、09年センバツに33年ぶりに出場すると、今春の関東大会も制覇。名門復活ののろしは上げている。“勝ち運”を持っている大物OBからも力をもらって、36年ぶり全国制覇へ第一歩を踏み出した。
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◆第93回全国高校野球選手権大会第2日 ▽1回戦 花巻東7─8帝京(7日・甲子園) “岩手のダル”こと花巻東の191センチ右腕・大谷翔平が、05年夏の駒大苫小牧・田中将大(現楽天)以来2人目の、2年生では甲子園最速タイとなる150キロをマークした。左太もも裏肉離れを抱えたマウンドで帝京(東東京)に惜敗も、来秋ドラフトの目玉は実力の片りんを見せた。
左太もも裏の状態は見るからに悪かった。それでも、大谷はたぐいまれな能力を見せつけた。同点の5回2死一、二塁。カウント2ボール2ストライクから伊藤に投げた真ん中低めへの直球は、自己最速にあと1キロと迫る150キロを計測。2年生としては05年の田中以来となる大台到達だった。しかし、この球を三塁強襲安打にされると、三塁手の走塁妨害で勝ち越し点を献上。「150キロでも120キロでも、抑えて勝ちたかった」と本音がこぼれた。
岩手大会前に負傷し、わずか1回2/3しか投げずに甲子園にやってきた。患部は「正直、試合前から痛かった」。だが、痛み止めを飲んで右翼で先発すると、4回1死からマウンドへ。佐々木洋監督(35)が「本来の力の50〜60%くらい」と話す内容ながら、3失点も自責1で踏ん張った。7回に決勝打を浴び、105球の熱投は実らなかった。それでも、評価は揺るがない。日本ハムの今成スカウトは「ダルビッシュに似ている。真っすぐの質がいい」と絶賛した。
沿岸部出身の選手10人のうち、津波で3人が家族を失い、6人が家を流された。この日、同じ2年生で先発した小原大樹も伯父が自宅を流された。震災直後、大谷はブルペンで投げ込む左腕の隣に立つと、「今の変化球は外角に投げた方がいいんじゃないか」などと具体的にアドバイスした。「自分が落ち込んでいた時に、あえて実戦的な指導をしてくれた。気持ちを癒やしてくれた」と小原。エースを筆頭に、誰もが被災者の思いを背負っていた。
帝京に先手を取られ続けながら、3度も追いついた。佐々木監督は「岩手に元気を届けたかったけど、残念です…」と涙を流した。大谷は「決してあきらめないのが花巻東の野球。岩手の方々に少しでも伝わってくれていればうれしい。(来年の)春に甲子園に戻ってきて、優勝したい」と誓った。懸命のプレーは聖地を沸かせた。結果を求めるのは次でいい。今回は胸を張って岩手に帰る。
◆大谷 翔平(おおたに・しょうへい)1994年7月5日、岩手・水沢市(現奥州市)生まれ。17歳。姉体小2年の時に水沢リトルで野球を始める。水沢南中では一関シニアに所属し、3年時に全国大会出場。花巻東では1年春からベンチ入りし、同秋からエース。191センチ、76キロ。右投左打。家族は両親と兄、姉。
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